魔術師とマダム
序章 自分が『人間』という種族に属していると、人はいつ認識するのだろうか。私にとってマダム以前は『人間』ではなかった。誰も私を人間扱いしなかった。年嵩の少年たちに教わった暮らしも、『食べる』『逃げる』『寝る』で構成されていて、衣服はボロの大人服を頭から被っただけ、穴を塞ぐ必...
お題『霧』/八十八夜
『とにかく霧がすごいんだよ、でもバーッと晴れるの!』 毎年この時期私をここに運ぶのは、同僚の君のそんな誘い文句から。バーカ、これは朝靄だ。遠くに滲む信号機。 茶畑の、断崖絶壁みたいな畝に入って初葉を摘む。最初の年は命綱!と叫んだけれど、入ってみれば茶の樹に挟まれて落ちようが...
お題『食べる』/折衷案
先生が慣れた手つきで皮を円く伸ばしていく。このために小さめの麺棒を2本買ったのだけど予想より大活躍。餡は3種類、ふたりしかいないけど、たくさん作って冷凍しておけばわたしのご飯になる。 元広東人のわたしと元東北人の先生が、協力して作るのはみんな大好き水餃子。先生が微かな鼻歌で...
お題『新しい』/いとだま
「さ、洗浄は済みました。転生してください」 「洗浄?」 「魂の糸ですよ。天のタペストリーに使うんです。あなたの糸玉はまだ小さいからどんどん人生重ねてください」 「なんかくすんだ色だな。……俺の人生そのものだ」 「何色だって必要ですから暗くてもいいんですよ、でもカラフ...
お題『人形』/手に入れるには
彼女は日本人形とも西洋人形(ビスクドール)とも違う、「ドール」。艶々の黒髪に紫が施された黒い瞳。笑うと優しい光を浮かべる。彼女の隣に相応しくないあの子に。 移動教室で別れた瞬間を狙って腕を掴んだ。 「私といなよ。あなたに似合う喫茶店へ連れてってあげる」 ...
お題『試す』/言葉は倣う
不完全な言葉で正解を求める両親からやっと逃れたのに、次はあたしが君を試す。好き? 一緒にいて楽しい? 今なに考えてるの? なんで怒ってるかわかる? ねえ なんでできないの 彼氏なら当然でしょ どうしてわからないの 「かよちゃん」 二の腕を齧る手を握られる。...
心の仔犬
私鉄の小さな駅に向かう通勤途中のペットショップには、50万円の札がついたボストン・テリアがいるらしい。毎朝毎晩空のショーケースを横目に通り過ぎる。私が通る時間は中身が店の奥に引っ込められているのだ。ちびちゃい仔犬の、見えない姿。大きくなっても大きくならないほうがより高く売れ...
山鳩 ~まんが日本昔ばなし底本~
雨が降ってきた。 俺は村から伸びる山道を、そしてその道を覆い隠す山の木々を見あげた。これは大丈夫。農作業の手を止め山を眺める俺を、妻(さい)が覗うのを背中に感じる。それを無視して鍬を振り上げる。妻の視線も逸れた。 この村の男はみな、なにがしかの鳥になる。人の器で生まれる...
【300字SS】豊穣の魔女とスウェーデンの春
「ようこそスヴェーリエへ」 微笑みながら現れた少女2人は首を傾げた。 「お婆ちゃんに変装?」 「日本人観光客にばれると面倒なの」 「じゃあ私たち『日本から来た祖母を案内する孫』ね」 「双子の孫のふり?」 「あたしは見た目通りだけどね。あっちは」...
野をゆくは魔女と景狼
デンマークを除いたスカンディナヴィア、そしてスオミ、ラスィーヤの白海付近が私たちの持ち場。大陸と隔てる「おそらく」境界線。広いけれど人口は少ない。魔女も少ない。スカンの《魔女》は長らく21から11に減らしている。12にも満たない。 ...