心の仔犬
私鉄の小さな駅に向かう通勤途中のペットショップには、50万円の札がついたボストン・テリアがいるらしい。毎朝毎晩空のショーケースを横目に通り過ぎる。私が通る時間は中身が店の奥に引っ込められているのだ。ちびちゃい仔犬の、見えない姿。大きくなっても大きくならないほうがより高く売れるって聞いたことがある。親の小ささから予測するらしい。毎日毎日横を通る。たまの休みは大きい駅に向かうからケージの中でころころ遊ぶ仔犬を見ることはない。ペット不可なウチには連れてこれるわけもなく、たかがわんこにひと月の手取り2.5倍を出せるほど酔狂じゃない。毎日毎日空のショーケース。
30万円。値段が下がった。仔犬は育つ。値札に修正が入る。ぐんぐん育つ。POPが増える。仔犬が終わる。新しい値札になって犬種が変わった。
私の心で育った仔犬は幸せそうにゴムボールと戯れ、毛布を齧り、床をちゃっちゃと鳴らす。さようなら。赤い首輪を外す。さようなら、私が勝手に盗んだ仔犬。想像でしか飼えなかったのに想像ですらもう飼い続けられない。さようなら、ペットショップから処分されたたましいと一緒に、次はちゃんと飼ってくれるひとのところに行ってね。