野をゆくは魔女と景狼

February 14, 2017

 デンマークを除いたスカンディナヴィア、そしてスオミ、ラスィーヤの白海付近が私たちの持ち場。大陸と隔てる「おそらく」境界線。広いけれど人口は少ない。魔女も少ない。スカンの《魔女》は長らく21から11に減らしている。12にも満たない。
 私は主にスヴェーリエ。ノルゲは先生が担当している。スオミとラスィーヤはひとの言葉が変わるのでラスィーヤの魔女たちと連携をとっている。サーミは出身の《魔女》がいまいないので手分けして。彼らは遊牧するのでひとの引いた国境線に縛られない。そんなところは私たちと一緒だ。その分私たちも彼らに線が引けない。
 そして私は夜毎都市を飛び、耳を澄ます。小さな農村、廃鉱。北はラップランドの針葉樹林を抜けた岩山まで、南はデンマークを臨む岬の縁へ。僅かでもひとの営みのあるところはすべて廻る。夏は白夜で人目を避けるのに苦労するが、冬は極夜の中、影と紛れて動いたりもする。私は「聴く」、誰かを呼ぶ声。助けを呼ぶ声。魔女でない者から産まれた異質のもの―――幼い魔女の叫びを探して。
 先生は『呼ぶ者』、《引き寄せの魔女》。だから協会から私を託された。私がここにきたのは6歳の夏、それまでは支部でおばあさまたちとその《僕》に囲まれて暮らしていて、同世代の子にはひとも含めて会ったことがなかった。
 その後はスヴェーリエを担当していた先生に連れられて、近くの町や遠くの農村を訪ねるようになって、《魔女》はひととは違う営みで暮らすのだと肌で理解した。
 私は《魔女》。周りがみな同じだった支部から世界の異物へ。私の普通は世界の常識ではなかったらしい。意識は変遷した。
 私の母は《運命の人》と遭遇した《魔女》だ。私を孕んですぐ支部へ居住を移り、出産後すぐ亡くなった。《魔女》は《魔女》を産む。魔力を受け継ぐ子を生涯にひとりだけ。《運命の人》と出遭った時だけ。《魔女》の半数以上がそうして次世代を繋ぐのだ。物心着いたときにはおばあさまたちに育てられていたので、母のこと、魔女の宿命もすんなり受け入れられた。おばあさまたちから親愛と冷徹な事実が伝わったから。彼らは真実を隠す気がなかった。私は受け入れ、納得した。「私」もまたそういう生き物なのだ。ただ、自分の命と引換にできるのが次の命ひとつだけなんてまったく生産性が無い。なんて効率の悪い生き物だろう。私の生まれる少し前、ヨーロッパでは大きな戦争があった。スカンは巻き添えは食らわずに済んだけれど火の粉が避けられたわけでもない。戦中の資源開発や戦後復興で工業が勢いづいても技術は足らず、農民の流出は留まらず、社民党はアンバランスな運営を迫られていた。ひとが減る。それはとりもなおさず《魔女》の減少に繋がる。《魔女》に因らず人から産まれる《魔女》―――《野良》の子がどれだけ確保できるか。数を減らした今の私たちにはそこが重要な生死の境なのだ。

 

 おばあさまたちはやがて、私の性質に気がついた。「聞こえる」というのはこの辺りではよくでる性質らしい。だから先生に教育を託したのだ。
 先生からは「リネーアは遠耳の子ね」と評された。先生とは逆に、私は『呼ばれる者』。いつもどこかから呼ばれてた。ボスニア湾の細波のように、白樺の森の妖精の手招きのように。
 先生の家は町から離れた森の縁にある。「森の中のほうが魔女っぽいけど、ここでも充分厭世観を演出できるでしょ」とウインクされた。
「演出」
「だって不便じゃない。森の中なんて日も射さなくなっちゃうわ、洗濯物が乾かないでしょ。それでなくとも太陽は貴重なのに」
 森を拓いてスペースを作ってもどうせ冬は雪に埋もれてしまうんだから、少しでも動きやすい方がいいわとコロコロ笑う。先生は本気だったので私も笑った。農家の夏小屋と違い、通年暮らすのだ。魔法を使わなくても済むくらい便利な方がいいに決まってる。ひとは誤解しているけれど、魔力というのは無尽蔵では無い。使えば相応に疲れる。
 家には先生の《僕》もいた。支部にはたくさんの僕がいたけど、ここには3人、ウルリクとモルテン、パウラ。モルテンとウルリクが交代で町を訪ね、依頼の選定や買い物をしてきた。依頼は町の人が先生に頼みたいことだ。単純なものでは失せ物探し、徴兵される息子への御守り、結婚のお祝い、大がかりなのは天候の操作、面倒なのは近隣町村との折衝―――政治的な。世界を知ると、こんな小さな地域でも人の都合が交差するのだと逆に感心する。国レベルの折衝に関わる支部のおばあさまたちが「めんどくさーい!」と叫んでお茶(フィーカ)しにくるわけだ。国の思惑はどうであれ、スカンの魔女はお茶しててきとうにやり過ごす。《魔女》はひとに肩入れしない。「ひとに気づかれないように(または気づかれるの前提で)魔女の都合で動く」。私が生まれる前の戦争では大変だったらしい。

 

 私は先生の元で、主に動物と植物のこと、化学、地学を学んだ。魔法は本能的なものでも、理屈がある。深く理解することで可能性を広げるのだ。余所の支部には魔術の研究そのものを生業にしている魔女もいると聞く。私は今後ひとと付き合っていくための医療知識―――これだけ『医学』研究が進んだ世の中でも『魔女の秘術』を求めるひとは後を絶たない。先生は「プラセボ効果で上乗せね」と涼しい顔だ―――を深め、細胞活性の働きかけ方や造血のための血液製造促進にはどこを弄ればいいのかなど学ぶ。
 もともとひとよりは長寿な《魔女》の、若さを保つ秘訣―――これもただの技術だ―――も学ぶ。テロメアの操作はお手の物だ。後は選択。どう生きたいか、13歳の独立までに決める。
 先生は《運命》と遭遇しないために人里から離れて暮らしながら、《運命》との遭遇に備えていると言った。《運命の人》の出現は予測できない。コントロールの手段として、ひとに会わない方法を取っていた。この国全体では森で暮らすひとも大勢いたけど、この辺りは工業化と大規模農業化が進んでひとは森から離れ大きな町に集まって暮らしている。先生は町を避けていた。「まだ遭いたくないわ」と苦笑いを浮かべて。

 

 私はオメガに出逢った。

 

 

1934

 

 私は学び、訓練し、「聴く」力を研いだ。人里がとおいので声はひとからはあまり届かない。けど「ひとの声」と「《魔女》未満の声」を聞き分けられるよう耳を澄ます。まだほとんど《魔女》じゃない子どもの声だ、聞き分けて聞き漏らさないように。また、私は森の動物の危険を察知し仲間に警告する声、仔が母を呼ぶ声、求愛の声を聴いた。個別の木々は触れてもあまり聞こえないが、林、森になるとうねりが伝わる。普段はひたひたと静かな、しかしけして沈黙はしない森の中に、ひときわ大きな声がするのは死が近い時が多かった。(普段の声は聞こえないよう訓練したのだ、うるさいわけではないのだけど、ともすると意識を―――自分を持って行かれてしまう。そんな時は先生に呼ばれた。先生の『声』は《魔女》同志の繋がりもあって私に通りやすく、私を引き寄せる声より大きく強い。私はそれを辿って戻ってくる。訓練は「そもそも引き寄せられない」ためのものでもあった)
 獣の声は私の言葉とは違ったけれど、本質は翻訳されているといえばニュアンスが近い。
 ある日、焦燥に駆られて森へ入った。ケガをした熊の子が置いてけぼりを食らっていた。悲壮な叫びが痛い。仕方なく連れて帰ったが予想通り先生に怒られた。
「怪我が治ったら戻します」
 ビシリと宣言された。ひとの匂いが極力付かないよう裏庭に杭を打って繋ぎ、成長力の一部を回復促進に回して仔熊の目を眩ませた状態で雑穀をやり、先生は母熊を「呼んだ」。母熊は仔を受け取って森に消えた。
「あなたを引き取った時からいつかこうなるって備えてはいたの。だけどやっぱりできるだけ我慢なさい。彼らと私達は違う。ましてや彼等が私達と勘違いして人間に近寄ったらどちらも損なわれるの。わかるね」
「わかりました」
 無理だった。捕食される瞬間の叫びは無視できた。楽しい愛の歌も多少生々しくてもスルーできた。
 けれど、長い長い声は耐えられなかった。それからも私はキツネの子を拾い(放した)足の折れた牝鹿を見つけ(おいしくいただいた)はぐれたオオハクチョウを連れ帰った(おいしく同)。

 

 10歳の春、まだ雪が残る森で餓死しかけた狼の仔を見つけた。
「呼んだのはお前?」
 ほとんど死んでた。小さな身体は腹をベコリとへこませ呼吸は薄く目も開かない。それでも私に気づいて未知への威嚇と好奇心、そして食べ物をもとめてきた。『声』だけだ。身体はピクリとも動かない。
「それでも数日叫んでたもんね。呼ばれてつらかったよ、先生に怒られても諦めついた」
 死ぬかもしれない生き物だ、ひとの匂いがついてもいいだろう。私は黒い毛からピンクの肌が透けて見える小さな塊を胸に抱き上げ急いで家に帰った。先生はもう待ち構えていて、黙って胸の毛玉を覗き込んだ。
「狼? このあたりでは珍しいのに。手当ての方法は教えたわね。自分でやりなさい。欲しい物はモルテンに言って」
 ここまで死にかけだと以前の熊の仔のように本人の生命力を再分配することはできない、私のを分けるしかない。まずは体温と水分補給だ。自分のベッドから毛布を剥がして暖炉の前に陣取る。服のボタンを外し直接抱き直すと毛布を被って抱える。意識的に胸元に熱を集中し、暖炉からの熱も多めに拝借した。先生たちも咎めなかった。次は水。ここには点滴設備はない。牛乳から乳糖を避けたものをお湯で薄めて布を浸しては吸わせた。仔狼は自分の知ってる乳の味と違うのに戸惑ってはいたけれど、死にたくなければ飲みなさいと命じると従った。心肺機能低下から快復したら次はまともな食べ物だ。肉食の獣の仔が食べるのは親が唾液で柔らかくした肉。ただ、生後何日なのかはっきりしない。もう肉を与えても大丈夫なのか。小さく小さく切った豚肉を口の中で何度も噛みぐじゅぐじゅにして、牛乳と交互に与えてみた。これも今まで食べたことのない味だったらしく、けれどもっともっとと喜んで食べた。この森には猪はいない。これが「豚」の味だとは見てもわからないだろうけど、人の家畜舎を襲ったら不味いなと脳裏に留めておく。
 ほとんど死んでたのに心臓は急速に正常な心拍数を刻み始めた。ぽこりと膨れたお腹で仔狼は満足げに寝言を言った。
「……あれ?」
 気づくと仔狼は本当に元気になっていた。目の前に豆のスープがにょっと現れ、見上げると眠そうなパウラが寝間着にガウンで立っていた。
「リネーアはもうちょっと加減を覚えないとね。もう5日目だよ」
「パウラ、あれ? え、5日?」
「今は夜だから、朝に起きてきなさい。先生がお待ちよ」
「はい」
 世話をしてた間ほとんど立ち上がった記憶はないのに世話ができてたということは、みんなが枕元に私と仔狼の食べ物を用意してくれたということだ。ひさびさにトイレにだけ行って、また仔狼を抱いて朝まで眠った。

 

 翌朝先生にこってりと叱られ、仔狼を抱えふたりで雪の残る森に入った。先生は近くの群れに「呼びかけ」、私は遠吠えを「聞いて」進む。やがて待ち構えていた群れに胸の仔狼を見せる。しかしこの群れの仔ではないのがわかっただけだった。
「困ったわね、狼の縄張りは広いのよ、どこの子なのかしら」
 先生が眉を顰める。回復したとはいえ、このサイズでは保護してもらわないとすぐに死んでしまう。そして私を知ったこの子は私を呼ぶだろう。先生もそこまで想像したようで、右手を唇に当てて唸っていた。
「先生、私が飼います。面倒見ます。許可してください」
「飼うって言ってもね……」
 眉根を寄せたまま先生が傾ぐ。狼のリーダーペアは面白そうに私達を見上げている。
「狼は犬とは違うわ。家の中の躾はともかく、狼として育つことも大事よ。リネーアが飼うというのなら、あなたのお小遣いからこの群れに報酬を払って、居候させなさい。群れのルール、狩りの仕方を学ばせなさい」
 支部から支給されるお小遣いが、と言ってもほぼ先生の家にしかいない私は使うところがない。頷いた。
 リーダーの牡は相当に賢く、こちらの要望にデメリットがないと引き受けてくれた。仔狼を託すとその子は不安そうに私の跡を追ってくる。
「明日もう一度来るし、一通り学んだら戻ってきていいから狩りを覚えるまでは群れで世話になりなさい」
 言い含めると寂しそうにクフンと鼻を鳴らしたがその場に留まった。何度も振り返る私をリーダーが笑った。

 

 朝、ウルリクが戸を開けると仔狼が飛び込んできたそうだ。私を追う声は夜中聞こえたものの意識して塞いでいたので、戻ってきてたとは思ってもいなかった。
「お前、そもそもまだ巣穴から出る歳じゃないでしょう」
 呆れながら牛乳を温め蜂蜜を垂らす。ひとが入って戻れる距離とはいえ、こどもには遠かったはずだ。病み上がりが倒れないように栄養を考えて差し出すとひと舐めで全身がぴかーっと輝いた。
 これナに?
 考えて、熊が地蜂の巣を壊して嘗める写真をイメージした。
 俺モ俺も。
 チビなしっぽを千切れんばかりに振る仔狼の主張に、世界的に有名な黄色い熊のぬいぐるみが蜂に追い回される挿し絵が浮かぶ。
 イヤ、無理でしょう。仔狼がしっぽを巻いて蜂から逃げる映像を送ると憤慨してクルルと反論する。
 どんだけ自分を勘違いしてるの。しょうがないので鏡を見せてやる。この行動力で熊に突っ込まれちゃリーダーも困るだろう。鏡の仕組みを説明し、そこに映るのは自分だと理解させた。まだ肌が透ける貧相な毛並みに小さな耳、鼻面はぺちゃんこで足も短い。
 仔狼のショックは可哀想でかわいくて微笑ましく、だから群れで他の子供たちと遊んで狩りを覚えておいで、そのために託してきたのだからと伝えると納得した。
 その日はもう一度仔狼を連れ、約束した肉の塊を持参した。先生の呼びかけがなくてもリーダーは昨日の場所にいて、精肉ににやりとした。10日おきに肉を運び、むくむくと大きくなる仔狼と対面した。他の仔たちと団子になって転げる姿はかわいい反面、別れを忍ばせて落胆する。このまま群れに帰属できるならそれもありなのだ。本人の力をリーダーが認めてくれたら私が肉を運ばなくなってもこの子はここにいられるだろう。
 しかし季節が夏を越えると、約束だと仔狼は帰る私を追ってきた。
「まだ勉強は途中でしょう」
 だいじょウぶ、とぜんぜん大丈夫じゃない仔狼は笑う。夏の間に仔狼はみるみる大きくなった。あどけなく、身体はひょろりとしているものの、生えそろった牙を剥いて跳ねる。
 自分ガ通うトボスに話をツけた
「……はあ?」
 自分で走ル。もうオ前こなクていい。狩りには参加スルけド自分の群レに戻る。
 仔狼から伝わる声は家族に会う喜びに満ちていて、私は逆にがっかりした。悩んだの無駄だった。この子はとっくにうちの子のつもりだ。別に私と先生は家族ではないのだけど。
 結局そのまま連れて帰った。群れの狼たちは楽しそうに見送りの歌を歌っていた。

 

 家に着き、仔狼は真っ先に鏡に向かった。映る姿に満足げに尾を振る。しかも振り返って私に『さあ褒めろ!』と催促の視線を向ける。大きくなったねとでも言えばいいのか。しょっちゅう会いに行っていたんだからそんな感慨はこちらに無い。
 というか、一番に鏡っておかしいでしょ。笑いを堪えつつ「よかったね」と声をかけると更に尾は振られた。
「この子を飼うならどれだけ声が聞こえてももう他の動物は拾っちゃ駄目よ。さあ、名前をつけて主人として躾なさい」
 そんな仔狼と私の一幕を眺めた先生が、お茶を並べながら釘を刺してきた。予測していたとおりの指示に考えていた名を挙げる。
「最後だから『オメガ』」
「……狼にその名前はどうかしら? でも彼らが使う言語じゃないか」
 先生は首を傾げ、2、3左右に振ったあと肩を竦めた。蜂蜜入りの牛乳で鼻を真白にした仔狼はオメガになった。
 後になって、先生の言う意味がわかった。狼の群れは最上位からアルファペア、ベータ、最下位がオメガだと知る。
 でも私たちが群れなら先生がアルファでオメガがオメガでも間違ってないし、拾った頃の印象が強くて一番弱かったし一番ちびちゃくてふくふくでかわいかった。図体は大人サイズでもまだこどものオメガは走って転げて家の物を引っ掛けて壊したりする。ワザとじゃなくても叱り、ワザとの場合は先生が魔力で威圧し押さえつけた。一緒に怒られる私にオメガがおろおろと謝る。でもすぐにイタズラは再開されるのだった。日々育ち、次の春には若狼の身体はしなやかでしっかりとし、私を咬み殺せる牙を備えた。足はバネのよう、爪は地を蹴る。時折2、3日姿を消しては育ての群れで狩りをして帰ってきた。帰り道で仕留めた獲物はお土産になった。
 私はと言えば、勉強継続中だ。むしろオメガが成獣した二年後もまだ修行中だった。拾って2年半、一年でななつ育つオメガに私はあっという間に抜かされた。すっかり大人の風格になったオメガとまだ風貌の幼い私は見た目の保護者が完全に逆転した。がっかりだ。けれどオメガの忠誠はアルファたる先生ではなく私に向けられた。群れで一番の年下は私と地味にショックだったくらい。それなのに、だ。

 

 

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