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僕の真摯な魔女

 魔女を好きになった。  それはいろいろささやかな、彼女が行う行為を目撃することで。

「最近怪我が多くて。そんなに不注意な方ではないんだが」 「委員長わぁー、恋に盲目なんじゃないすかあ?」 「は? なんだそれは」

 彼女の友人は、大人しい彼女にはそぐわない、派手な、アタマの悪いタイプに分類されがちだ。だが、実際は彼女の友達らしい、思いやりのある人種だと僕は知っている。彼女は見る目がある。そんな2人が最近はやけに絡んでくる。後ろで彼女がアワアワとしているのが余計に不可解だ。

 2人がにやにやと僕の袖を引き、強制的に下がった耳許で「あのこ、好きなんでしょ」と囁いてきた。

「なっ、違うぞ!?」  そんなもの、他人に指摘されて頷けるわけもない。 「ところがネタバレしてんだよねー。魔女に秘密は持てないよ~」  ……そういうことか!

「いや、それは、君たちに言うことじゃないだろ!」  うろたえてごまかす僕を彼女だけが心配そうに「ごめんね、違うならホントにいいの。……気をつけてね」と憂いを浮かべた。

 不注意ここに極まれり。あろうことか交通事故に遭ってしまった。完全に先方の確認ミスだが、こちらの回避が間に合わなかったのは直前に目にゴミが入ったせいだ。  クラスの面々が代わる代わる見舞いに来る中、ほぼ最後の頃に彼女を含む女子3人が見舞いに現れた。だが骨折とはいえ入院している僕より遙かに彼女の顔色が悪い。なぜだ。

「単純骨折だからすぐ出られると医者からは言われている。これから年末だし、しばらく自宅でのんびりするさ。年明けの後期テストには充分間に合うんだ。まあ悪くない」 「委員長まじ発言がキモいわ」 「あたしはテストが潰れる方がいいー」

 彼女の唇が緩んだので、僕の強がりは成功したようだ。ほとんど本気だが。  いつものように彼女はほとんど喋らず、2人がお約束とギブスにラクガキする姿をひっそりと眺めている。君もなにか書いていけばいいのにという願望は叶わず、友人2人だけがひとしきり騒ぎ、小一時間程で帰って行った。  静かになった病室は、さすがに温度差で少し寂しい。そうたそがれていると。

「委員長、その、いいかな」 「吾川さん?」

 なぜか彼女だけ戻ってきた。驚く僕を尻目にカーテンを引いてベッドに身を寄せる。レモンに似た青い清涼感とほのかな押入の匂い、冷静な自分が薬草だろうかと辿り着きそれどころではない自分が硬直する。そんな僕の混乱を余所に彼女はそっと、呟いた。

「あたしのせいなの」 「なにが。どうして。運転していたのは君じゃないぞ」 「委員長、あたしのこと、好き? ……ううん、誤魔化さなくていい。魔女を好きになった人は、世界が排除しようとするの。そのひとの想いが強ければ強いほど、反発が大きいの。このままじゃ殺されちゃう。あたし、委員長が死んじゃうの、いや」 「そりゃあ僕も死にたくないが。そんな理由でばれたのか」

「ふふ。あのね、方法はふたつある。ひとつはとても簡単、あたしを諦めること。死ぬよりずっといいでしょう? 命を懸けてまでする恋なんて、必要ないじゃない」 「なるほど。もうひとつは?」

「もうひとつは、体液の交換をすること。魔女の加護を得て、世界を諦めさせるの」 「体液」 「血液の交換でもいいけど、委員長とは血液型が違うからちょっと危険かな。だから性交、セックス、だね。一度してしまえば、もう世界から狙われることはなくなる。汚染と同じなの」 「そのどちらかを、選べと?」

 そんなの、答えはひとつじゃないか。

「君が好きだ。君としたい。死ぬのは嫌だし諦めたくない」 「でもね、こっちはそう簡単じゃないの。するのは、一度だけだよ? 恋人にはなれない。委員長があたしを好きなままなら、辛いと思うよ?」 「なぜ」

「魔女はそうできてるから。誰も好きにならない。たった一度の思い出なんて、陳腐だと思わない?」 「思わない。それに僕はまだ確定していない未来を諦める気はない。君が僕を好きになる世界があるかもしれないじゃないか」 「委員長の、そういうところ、好きだよ。ね、キスさせて」

 返答に詰まった僕の肩に冷たい手を添えて、彼女は唇を重ねた。ぺろりと舐められたのがくすぐったくて笑いそうになり、その隙をついて舌が潜り込んできた。なまめかしく動くそれは僕の口内を蹂躙し、心拍数が跳ね上がる。長く、合間に短く息を継ぐ。いつのまにか手が彼女の胸に触れていた。ピクリとしたものの、彼女は身を引くこともなく、僕はそのまま揉みしだく。ニットのセーターの下で、ふにゃふにゃと形を変えるそれ。ワイヤーが邪魔だ。全部取りたい。

「もう終わり」  スッと身を起こして、残念ながら彼女の乳房も遠ざかる。 「委員長のえっち。とりあえず、これで退院するまでは保つと思う。治癒魔法もかけておいたから、少しは早く治るはず」 「ぱぱっと、治せないのか」 「だってこれはもともと治るものだもの。自然の摂理を曲げるにはそれ相応の犠牲がともなうのよ。魔法は万能じゃない。熱力学法則は委員長もわかるでしょ」 「エントロピーの増大か。魔法はそんなものを超えるのだと思っていた」

「ううん、魔女も魔法も、法則はある。そもそも時間が不可逆なのよ。この世界、宇宙の隅々まで。魔女だってそう。なにも取り返せない。それとおんなじ。

魔女はね、多世界解釈は支持してないの。たったひとつの世界の中で、魔法は権力や世論と同じ、不可視の力で干渉し合って均衡を求める。無から有は誰にも作れない。ゆっくりと流れを引き寄せたり、何かを差し出して強制転換するか程度のもの。

―――今、唾液の交換で委員長は一時的にあたしの庇護下に入った。退院までに、よく考えて。恋なんてこれから何度でも、誰とでも、できる」

 帰ろうとする彼女を引き留めて、引っかかっていた疑問をぶつける。

「君は、今までも、あったのか」

 返答は聞きたくない、けれど予測されたものだった。 「―――うん。初めてじゃない。どちらの方法も、その後の相手の変化も、見てきたからわかる。委員長もほかの女の子を好きになれるよ。だから安心して」

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